米国連邦最高裁は、1月20日、クレーム解釈に関する第一審の判断を上級審がレビューする基準について、判例変更を行いました。Teva Pharmaceuticals v. Sandozです。
今回の判決内容(ざっくり):
クレーム解釈に関する地裁判断のうち、事実認定にかかわる部分についての上級審のレビューの基準は、De Novoレビュー(ゼロから判断し直す)ではなく、Clear Errorの基準(明白な過誤がない限り原判断維持)である。
クレーム解釈は究極的にはやはり法的な判断であるし、SpecificationやProsecution History等の内的証拠のみに基づいてクレーム解釈判断をした場合には、原審のその判断は法的判断そのものであって、これまでどおりDe Novoレビューの対象となるが、Background Scienceや、特定の時期における用語の意味といった外部証拠による事実認定は、上級審に対して一定の拘束力がある。(Breyer最高裁判事)
(1) クレームとは、特許発明を言葉で表現したもの。特許という独占権をどこまで広く保有できるのか、相手の製品が自分の特許を侵害しているといえるか否か、はクレームの文言で決まります。クレーム文言が必ずしも明確ではないとき、裁判ではその「解釈」が争われることになります。
(2) 米国では陪審裁判を受ける権利が保障されています(憲法修正第7条)。簡単に言うと、事実認定は陪審が、法律上の判断は裁判官が行います。クレーム解釈は事実認定なのか、法律上の判断なのかが本件の1つのポイントです。
(3) 米国では日本と同様、三審制です。地裁(第1審)の判断に不服があるときは、控訴審(第2審)に控訴できます。控訴裁判所が、控訴された地裁の判断をどのような基準でレビューするか(ゼロから判断し直すのか、地裁判断を尊重する手法をとるのか)は、争点が事実認定なのか、法律上の判断なのか、それによって変わってきます。
7対2の判断でした。
多数意見の理由付けとしては、前提となる事実判断とクレーム解釈という法律的判断は切り分けられること、地裁の裁判官のほうが事実認定プロセスの全部に関与しており、基本的に書面審査をするだけの控訴審の裁判官よりも、科学的な問題を理解する機会に恵まれていることなどを挙げています。
反対意見は、クレーム解釈の前提となる事実関係の認定は、合意の有無等の過去の事実の認定(要するに普通の事実認定)とは異なることや、当業者が特定の用語についてどのような意味のものと理解するか(本件の「事実認定」はこれに関わるものでした)についてはクレーム解釈プロセスの一部に過ぎないことなどを理由として述べています。
それぞれ筋が通っていて、議論もかみ合ってて、面白いです。
以下では、特許訴訟の唯一の控訴審である、連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、通称CAFC)をCACFと記載します。日本の知財高裁みたいなものです。
なお、連邦民事訴訟法(FRCP)上、上級審によるレビューの基準は以下のようになっています。
(A) Questions of Law → De Novo(上級審の判断が原判断に置き換わる=ゼロから判断し直す)
(B) Questions of Fact in non-jury trial → Clear Error(明白な過誤がない限り原判断維持)
(C) Questions of Fact in jury trial → Whether a reasonable jury could have reached the same conclusion(合理的陪審が同じ結論に至る限り原判断維持)
(D) Mixed questions of Law & Fact → De Novo
(E) Discretionary matters → Abuse of discretion(裁量の濫用がない限り原判断維持)
今回の判決は、約16年にわたるDe Novo基準(A)を一部においてひっくり返し、原審判断を大きく尊重する(B)への移行を宣言したことになります。しばらくはこれでいくのだろうと思われるので、実務上の影響は小さくないと思われます。とりあえず、第1審の重要性が結構増すことになりますから。まずは、クレーム解釈に関する外部証拠(Expert Witnessなど)の利用が増えることが考えられます。あと、地裁の裁判官の立場に立ったとき、「控訴審で俺のクレーム解釈がひっくり返されたくないし」ということでExpert Witnessの(申請のみならず)採用が増える可能性もあるかも?しれません。マークマンヒアリング(後述)後の和解が増えるかも、というコメントも見られます。
また、CAFCは、2月4日、PTAB(Patent Trial and Appeal Board 特許商標庁審判部)のトライアルでのクレーム解釈の判断(日本の特許庁の審判のようなもの)についても、この新判例とほぼ同様の基準でレビューを行うことを明言しました(In re Cuozzo Speed Techs., LLC, No. 14-1301 (Fed. Cir. 2015))。同様の影響があることが推測されます。というか、ある意味影響は2倍ですね。
なお、1月26日には、早速連邦最高裁が、この新判例の基準をもとに3件の特許関連事件を差し戻しています。
CAFCの裁判官も、昨日までDe Novoだったものが、今日から一定程度原審判断に拘束されるからねと言われて、大変ですね。
もともと、陪審制をとる米国では、特許クレームの解釈が法律問題か事実問題かという古くて新しい論点があったわけで、それを決着したのが、1996年のMarkman v. Westview Instruments判決(「クレーム解釈は陪審じゃなくて裁判官がやるよ」)、そして1998年のCybor v. FAS Technologies判決(「事実認定と法律判断のMixじゃなくて純法律論だからDe Novoだよ」)でした。
このようにルールとしてはすっぱりと割り切った判決が出ていましたが、実務上はあんまし納得感がないというか、それぞれの判決の理由付けがあっちに行ったりこっちに行ったりしてたこともあって、まだまだ議論(不満?)は続いていたというのが実情だったようです。たとえば昨年のLighting Ballast Control v. Philips Electronics North Americaの裁判でも、De Novoはおかしいじゃないかということで、CAFCの大法廷も議論が割れていました(当時の結論としては判例変更しませんでしたが、この件は1/26に最高裁が差し戻した3件のうちの1つのようです)。
Markman判決でSouter最高裁判事による「クレーム解釈はMongrel Practice(事実認定と法律判断の雑種的プラクティス)」というくだりがありましたが、巡り巡って結局そこに戻ってきたような感じがします。
若干余談になりますが、このMarkman判決に名を借り、裁判所でクレーム解釈について弁論する手続をマークマンヒアリングと呼び、当然のことながら、第1審の中でも非常に重要な期日なのですが、だいぶ前に私がマークマンヒアリングを見たとき、そこでよくしゃべる連邦判事(自分では歩けないくらいの高齢の女性判事でした。ちなみに米国の裁判官は私が見た限り本当によくしゃべります)は「クレーム解釈は最後陪審が決めますから(ぷんすか)!」みたいなことを(そこそこのドヤ顔で)言ってました。しかしそれは誤りですね。
連邦地裁の裁判官が特許訴訟に精通していないことがあるということはたまに言われることで、最高裁への上告が受理される数が少ないこともあわせて考えると、とにかくCAFCの役割が大変重要だということを再確認できます。と同時に、今回の判例変更、クレーム解釈について上級審のDe Novoレビューを一部放棄して本当にいいのだろうか、と思ったりもします。
波多江崇
今回の判決内容(ざっくり):
クレーム解釈に関する地裁判断のうち、事実認定にかかわる部分についての上級審のレビューの基準は、De Novoレビュー(ゼロから判断し直す)ではなく、Clear Errorの基準(明白な過誤がない限り原判断維持)である。
クレーム解釈は究極的にはやはり法的な判断であるし、SpecificationやProsecution History等の内的証拠のみに基づいてクレーム解釈判断をした場合には、原審のその判断は法的判断そのものであって、これまでどおりDe Novoレビューの対象となるが、Background Scienceや、特定の時期における用語の意味といった外部証拠による事実認定は、上級審に対して一定の拘束力がある。(Breyer最高裁判事)
(1) クレームとは、特許発明を言葉で表現したもの。特許という独占権をどこまで広く保有できるのか、相手の製品が自分の特許を侵害しているといえるか否か、はクレームの文言で決まります。クレーム文言が必ずしも明確ではないとき、裁判ではその「解釈」が争われることになります。
(2) 米国では陪審裁判を受ける権利が保障されています(憲法修正第7条)。簡単に言うと、事実認定は陪審が、法律上の判断は裁判官が行います。クレーム解釈は事実認定なのか、法律上の判断なのかが本件の1つのポイントです。
(3) 米国では日本と同様、三審制です。地裁(第1審)の判断に不服があるときは、控訴審(第2審)に控訴できます。控訴裁判所が、控訴された地裁の判断をどのような基準でレビューするか(ゼロから判断し直すのか、地裁判断を尊重する手法をとるのか)は、争点が事実認定なのか、法律上の判断なのか、それによって変わってきます。
7対2の判断でした。
多数意見の理由付けとしては、前提となる事実判断とクレーム解釈という法律的判断は切り分けられること、地裁の裁判官のほうが事実認定プロセスの全部に関与しており、基本的に書面審査をするだけの控訴審の裁判官よりも、科学的な問題を理解する機会に恵まれていることなどを挙げています。
反対意見は、クレーム解釈の前提となる事実関係の認定は、合意の有無等の過去の事実の認定(要するに普通の事実認定)とは異なることや、当業者が特定の用語についてどのような意味のものと理解するか(本件の「事実認定」はこれに関わるものでした)についてはクレーム解釈プロセスの一部に過ぎないことなどを理由として述べています。
それぞれ筋が通っていて、議論もかみ合ってて、面白いです。
以下では、特許訴訟の唯一の控訴審である、連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、通称CAFC)をCACFと記載します。日本の知財高裁みたいなものです。
なお、連邦民事訴訟法(FRCP)上、上級審によるレビューの基準は以下のようになっています。
(A) Questions of Law → De Novo(上級審の判断が原判断に置き換わる=ゼロから判断し直す)
(B) Questions of Fact in non-jury trial → Clear Error(明白な過誤がない限り原判断維持)
(C) Questions of Fact in jury trial → Whether a reasonable jury could have reached the same conclusion(合理的陪審が同じ結論に至る限り原判断維持)
(D) Mixed questions of Law & Fact → De Novo
(E) Discretionary matters → Abuse of discretion(裁量の濫用がない限り原判断維持)
今回の判決は、約16年にわたるDe Novo基準(A)を一部においてひっくり返し、原審判断を大きく尊重する(B)への移行を宣言したことになります。しばらくはこれでいくのだろうと思われるので、実務上の影響は小さくないと思われます。とりあえず、第1審の重要性が結構増すことになりますから。まずは、クレーム解釈に関する外部証拠(Expert Witnessなど)の利用が増えることが考えられます。あと、地裁の裁判官の立場に立ったとき、「控訴審で俺のクレーム解釈がひっくり返されたくないし」ということでExpert Witnessの(申請のみならず)採用が増える可能性もあるかも?しれません。マークマンヒアリング(後述)後の和解が増えるかも、というコメントも見られます。
また、CAFCは、2月4日、PTAB(Patent Trial and Appeal Board 特許商標庁審判部)のトライアルでのクレーム解釈の判断(日本の特許庁の審判のようなもの)についても、この新判例とほぼ同様の基準でレビューを行うことを明言しました(In re Cuozzo Speed Techs., LLC, No. 14-1301 (Fed. Cir. 2015))。同様の影響があることが推測されます。というか、ある意味影響は2倍ですね。
なお、1月26日には、早速連邦最高裁が、この新判例の基準をもとに3件の特許関連事件を差し戻しています。
CAFCの裁判官も、昨日までDe Novoだったものが、今日から一定程度原審判断に拘束されるからねと言われて、大変ですね。
もともと、陪審制をとる米国では、特許クレームの解釈が法律問題か事実問題かという古くて新しい論点があったわけで、それを決着したのが、1996年のMarkman v. Westview Instruments判決(「クレーム解釈は陪審じゃなくて裁判官がやるよ」)、そして1998年のCybor v. FAS Technologies判決(「事実認定と法律判断のMixじゃなくて純法律論だからDe Novoだよ」)でした。
このようにルールとしてはすっぱりと割り切った判決が出ていましたが、実務上はあんまし納得感がないというか、それぞれの判決の理由付けがあっちに行ったりこっちに行ったりしてたこともあって、まだまだ議論(不満?)は続いていたというのが実情だったようです。たとえば昨年のLighting Ballast Control v. Philips Electronics North Americaの裁判でも、De Novoはおかしいじゃないかということで、CAFCの大法廷も議論が割れていました(当時の結論としては判例変更しませんでしたが、この件は1/26に最高裁が差し戻した3件のうちの1つのようです)。
Markman判決でSouter最高裁判事による「クレーム解釈はMongrel Practice(事実認定と法律判断の雑種的プラクティス)」というくだりがありましたが、巡り巡って結局そこに戻ってきたような感じがします。
若干余談になりますが、このMarkman判決に名を借り、裁判所でクレーム解釈について弁論する手続をマークマンヒアリングと呼び、当然のことながら、第1審の中でも非常に重要な期日なのですが、だいぶ前に私がマークマンヒアリングを見たとき、そこでよくしゃべる連邦判事(自分では歩けないくらいの高齢の女性判事でした。ちなみに米国の裁判官は私が見た限り本当によくしゃべります)は「クレーム解釈は最後陪審が決めますから(ぷんすか)!」みたいなことを(そこそこのドヤ顔で)言ってました。しかしそれは誤りですね。
連邦地裁の裁判官が特許訴訟に精通していないことがあるということはたまに言われることで、最高裁への上告が受理される数が少ないこともあわせて考えると、とにかくCAFCの役割が大変重要だということを再確認できます。と同時に、今回の判例変更、クレーム解釈について上級審のDe Novoレビューを一部放棄して本当にいいのだろうか、と思ったりもします。
波多江崇